車漫画「ぜっしゃか! 私立四ツ輪女子学院絶滅危惧車学科」~登場車を紹介その2
車漫画「ぜっしゃか! 私立四ツ輪女子学院絶滅危惧車学科」の2巻目に登場する旧車を紹介しましょう。
目次
ホンダ S600(1964年販売)
扉に描かれている旧車は、S600でしょうか。エスロクの愛称で親しまれたホンダのオープン2シーターです。S500のマイナーチェンジ版として登場しました。500の排気量では、パワー不足だったためかS500が登場した1年後にS600が発売されています。搭載エンジンは、バイクで鍛え上げた600cc水冷DOHC直列4気筒から57PSを発揮しました。現行車のN-ONE(660ccNA)の最高出力は68PSとたった1PSしか違っていません。ホンダの技術力の高さがうかがい知れますね。
ヨタハチ(トヨタ スポーツ800)とのサーキットでのデッドヒートは有名です。打倒ヨタハチのために排気量を200ccアップしたS800が登場させました。軽さで勝負のヨタハチとパワーで勝負のエスハチは、まさに好敵手と言える存在ですね。
マツダ コスモスポーツ(1967年発売)
1961年当時の通産省が自動車業界再編案を打ち出したため、弱小メーカーのマツダは合併の危機に見舞われました。マツダの社長は、ほかのメーカーにない技術を持った会社なら合併させられないだろうと思いました。ロータリーエンジンは当時話題になっていた画期的な夢のエンジンだったのです。マツダは、6年の歳月をかけ見事にロータリーエンジンの実用化にこぎ着けました。そんな夢のエンジンを載せたスポーツカーは、円盤をイメージした未来的なデザインとなったのです。
帰ってきたウルトラマンのMAT隊の特装車両・マットビハイクルとして劇中に登場したのは、当時リアルタイムで小学生だった私の記憶に焼き付いています。
スバル スバル360(1958年発売)
1955年通産省が提言した国民車構想により開発されたスバル360は国産大衆車の第1号とよべるでしょう。スバルが中島飛行機で培った航空機開発のノウハウが伺える軽量化やパッケージングになっています。テントウムシの愛称で親しまれていました。1958年から1972年まで販売された息の長いモデルです。
ホンダ バモスホンダ(1970年発売)
バモスホンダってどんな車なの?と聞かれれば軽トラックのオープンカーとでも答えればよいでしょうか。70年代のヒッピームーブメントに触発された自由な雰囲気を取り入れられたのでしょう。
左右のドアはなくバーのみで、ホロのルーフを取り外せば開放感あふれるオープンカーになりました。
レジャーカーの先駆けとして登場しましたが、泣かず飛ばずで販売台数は生産終了した1973年までで2500台と、とても残念なモデルtなってしまいました。
フィアット600 ムルティプラ(1956年発売)
大ヒットしたフィアット500の後継モデル、フィアット600をベースにしたキャブオーバーカー。優しく言えば、フィアットのサンバーになるのかな?こう言うデザインは、日本人には出来ないイタリアらしい遊び心満載のデザイン。小さなサイズながら6人乗れる実用的なミニバンなのに驚かされます。
日産 フェアレディーZ(1969年発売)
2019年発売からめでたく半世紀の50周年を迎えたフェアレディーZ。GT-Rとともに日産のスポーツカーブランドの双璧を成しています。GT-Rが、S20や4WDのアテーサなど常に新技術に挑戦しているのに対して、フェアレディーZはフロントエンジンとリヤ駆動のFRに拘ったクーペスタイルを常に踏襲しています。次期モデルも開発中で、とうとうハイブリッドのe-PWERが導入されるようです。
「ぜっしゃか!」2巻目表紙のZは、初期型S30のGノーズ。室内には、バケットタイプのシート運転席と助手席におごられ、ラリーカーのようなロールケイジ。ド派手なオーバーフェンダーにリヤには巨大なスポイラーも確認できます。フロントの開口部からはオイルクラーが鎮座しています。まるで、湾岸ミッドナイトに出てくるZのようで「ぜっしゃか!」作者のせきはん画伯の車好きが伺えるものです。